患者の生活実験室

白血病患者(寛解中)が能動的な患者として楽しく暮らしていくために試した諸々と、医療や身体に関する本の読書記録

【本】僕は日本でたったひとりのチベット医になった(小川康)

 

 

チベット医学の総本山・チベット医学大学に、外国人として初めて正式入学した小川康氏の体験記。

「みずから山に入って採取したり、畑で栽培したりした薬草を、心を込めて加工して患者にわたしたい」

そんな憧れを持ち、薬草会社で働いたり、新規就農したりしていた薬学部出身の筆者。しっくりこない生活のなかで、ふと以前読んだ本に載っていたチベット医学のことを思い出す。

何のつてもないまま、とりあえず現地へと、ダライ・ラマのお膝元・インドのダラムサラへと旅立つ。そこからさまざまな出会いを経て、チベット医学大学(メンツィカン)の受験を決心。チベット語と仏教学の猛特訓を経て見事合格するも、さらに大変な日々が待ち受けていた。

厳しい授業、チベット文化圏・チベット仏教圏からの学生達との寮生活。悩みの末に休学し一度日本に戻るものの、一年後に覚悟を決めて復学する。

それを支えたのは、「ギュースム」という、8万字の医学教典をすべて暗誦する試験に挑戦したいという気持ちだった。「古代の知識が果たして現代でも真実たりえるのか」という葛藤に決着をつけるためだ。

果たして筆者はその後、チベット医(アムチ)の資格を得るべく難関の卒業試験、そしてチベット医学生生活の集大成としてのギュースムに挑むー

まさに奇譚。しかしとても読みやすく、ぐいぐい引き込んでくる。著者の講演に行った時に「講談師をお手本にしている」と言われていたことを思い出して納得した。描写が具体的で、文章にリズムがあるのだ。

この本の真骨頂は、著者が入学前から憧れていた薬草実習、そして薬草で薬を作るくだりだ。何度か出てくるが、特に聖なる湖ラツォでの実習や、一年に一回、満月の光のもとでしか作れない薬の話は、想像しただけでため息が出る。

標高4300mのラツォ湖で筆者は考える。

「もしかしたら神様は、薬草をお創りになったとき、わざと一番大切な成分を抜き取ったのではないだろうか。『汗』と『苦労』という成分。その成分が人間によって加えられたとき、初めて効能が発揮されるようにするために」


「まちがいない!アムチとは世界一の薬剤師なんだ。だからこそ僕は、日本の薬剤師としてチベット医学を目指したんだ!」

 この筆者の心の叫びに、思わず本を持つ手が震えた。